
「ミス新潟」は、二代目瀧澤光龍斎の作で、新潟雪子と名付けられました。着物には桔梗の紋があしらわれています。
1929年および1930年に国際児童親善会が作成した答礼人形の永住地一覧には、「ミス新潟」はコロラド州デンバーの公共図書館に寄贈されたと記されています。
しかし、現存する貴重なアーカイブ映像から、実際には1929年5月にユタ州ソルトレイクシティの州議会議事堂に「ミス福井」の名で展示された人形が「ミス新潟」であったことが判明しています。一方、デンバーに送られたのは、本来の「ミス横浜」でした。
残念ながら、「ミス新潟」は現在も所在不明の人形のひとつです。