
「ミス山梨」は、二代目瀧澤光龍斎の作で、姓は甲斐または山梨、名は富士子の愛称がありました。着物には上り藤菱の紋があしらわれています。
1928年春、「ミス山梨」はアメリカ中西部の広範囲を巡回し、なかでもカンザス州内では多数の訪問記録が確認されています。その後、ワイオミング州シャイアンの州立博物館に寄贈されました。
お道具類は、アメリカ製の旅行用トランクとパスポートを除いて、ほとんどが良好な状態で残されています。ただし漆塗りのお道具すべてに、「ミス山梨」の紋ではなく牡丹の汎用紋があしらわれています。
また博物館には、「ミス山梨」を新しい家族に紹介するために日本の児童たちが人形に添えた約40通の手紙が保管されています。
1998年には、横浜人形の家で開催された『海を渡った人形たち:答礼人形の旅をたどって』展への出品のため、日本へ里帰りしました。