
「ミス徳島」は、二代目瀧澤光龍斎の作で、着物には四割菊に花角があしらわれています。
1928年7月にロサンゼルスで開催された国際日曜学校大会における8体の答礼人形展に出品された後、1929年1月に、ワシントン州スポケーンにあるイースタン·ワシントン州歴史協会(2001年に「ノースウエスト芸術文化博物館」に改称)に、学芸員T.A.ボンサー氏の要請により寄贈されました。
「ミス徳島」には、パスポートと乗船券を除き、当初のほぼすべてのお道具が残されています。2010年には、株式会社吉徳が小規模な修復を行い、筥迫と扇を新調しました。
1988年には、『お帰りなさい答礼人形:青い目の人形交流展』(国際文化協会·そごう百貨店·朝日新聞社)への出品のために日本へ里帰りしました。この展覧会では、日本全国から集められた34体の「青い目の人形」と19体の答礼人形が一堂に展示され、カタログの表紙には、日傘を手にした「ミス徳島」の写真が使用されました。
2010年には、青い目の人形「アリス」とともに、徳島県立博物館で開催された「海を渡った人形と戦争の時代展」にも出品されています。
記録写真との照合により、この人形は本来「ミス岐阜」として製作されたものであると推定されていますが、現在も一般には「ミス徳島」として親しまれています。スポケーンの武庫川日本文化センターでは「ミスT」の愛称で親しまれ、毎年ひなまつり行事の主役として活躍しています