
「ミス栃木」は、二代目瀧澤光龍斎の作で、日光幸子と名付けられました。着物には丸に右三階松の紋があしらわれています。
「ミス栃木」は残念ながら現在も所在不明の人形のひとつです。記録によると、当初はウェストバージニア州チャールストンにある州立歴史博物館に寄贈されました。また新聞記事によれば、1928年の寄贈に先立って「ミス茨城」とともにアメリカ南東部を巡回しており、サウスカロライナ州、テネシー州、フロリダ州、ミシシッピ州などで展示されたことがわかっています。
チャールストンに寄贈された後の「ミス栃木」を確認できる唯一の記録に、1957年11月に撮影された写真があります。この年、チャールストン子ども博物館は「アジアを学ぼう」と題した展覧会を開催し、日本をその主題に取り上げました。展示には地元住民から借り受けた資料とともに、チャールストンが所蔵する答礼人形も出品されました。新聞に掲載された写真では、「ミス栃木」が展示台にきちんと立っており、その前で少女が人形の和傘を持ってポーズを取っています。記事によれば、この人形は1950年の開館後に、ウェストバージニア州文書館·歴史部門から子供博物館へと移されたとされます。同館はカナワ公共図書館の3階に設けられ、チャールストン·ジュニア·リーグの尽力により資金提供を受けていました。
1957年という比較的近年の記録があるにもかかわらず、その後「ミス栃木」に関する情報は一切確認されていません。
記録写真の照合により、チャールストンにあった人形は本来の「ミス茨城」であり、現在ウィスコンシン州ミルウォーキーの公共博物館に「ミス茨城」として収蔵されている人形が、本来の「ミス栃木」であることが判明しています。