
「ミス静岡」は二代目平田郷陽の作で、富士山美保子と名付けられました。現在は静岡県の新しい県章をあしらった新しい着物に着替えています。
当初はミズーリ州カンザスシティ公共図書館に寄贈されましたが、この図書館には美術ギャラリーや民族資料館も併設されていたため、どこに展示されていたのかははっきりしていません。
1940年頃、「ミス静岡」は新設されたカンザスシティ科学博物館に移管されました。この時期の詳細や戦時中にどのような扱いを受けたかについては記録が残っていません。
1988年には、『お帰りなさい答礼人形:青い目の人形交流展』(国際文化協会·そごう百貨店·朝日新聞社)へ出品されるため日本へ里帰りし、1927年以来初めて19体の答礼人形が一堂に会する展示に加わりました。このとき、「ミス静岡」がなぜか「ミス神戸」のために用意された着替えを着用していたことが判明しました。なお、「ミス神戸」は現在も所在不明の人形のひとつです。
2016年、「ミス静岡」は再び保存修復のために日本へ里帰りし、静岡で盛大な歓迎会が催されました。その後、この人形の愛称にちなんで、富士山と三保の松原という静岡県を象徴する二大名所を描いた特別な着物が贈られました。