
この人形は本来の「ミス島根」で、岩村松乾斎の作です。着物には「撫子」の紋があしらわれています。
この人形が1928年の段階でどこに寄贈されたのか、またどれほどの期間展示されていたのかについては、ほとんど記録が残っていません。
現在の所有者は1992年に骨董人形業者からこの人形を購入しましたが、その時点ではこの人形が答礼人形の一体であることは全く知られていませんでした。
その後、1997年2月、答礼人形研究者のロージー·スカイルズ氏が偶然この人形を見る機会を得て、詳細な調査をおこない、失われていた58体の答礼人形のうちの一体であることが判明しました。
お道具類や展示台はすべて失われていましたが、着物の家紋や日本側の記録、新聞記事や写真の調査により、この人形が本来の「ミス島根」であることが判明しました。