
「ミス大阪府」は二代目平田郷陽の作です。愛称は不明ですが、着物には揚羽蝶の紋があしらわれています。
二代目平田郷陽は創作人形の第一人者として知られ、1955年には人形製作者として初めて人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定されました。彼が製作した答礼人形は「ミス京都府」「ミス愛知」「ミス静岡」「ミス和歌山」「ミス大阪府」の5体だけでしたが、いずれも当時の芸術的な日本人形の最高峰と評されました。
「ミス大阪府」は1928年夏、オハイオ州コロンバスのオハイオ州立博物館に寄贈されました。1988年には、『お帰りなさい答礼人形:青い目の人形交流展』(国際文化協会·そごう百貨店·朝日新聞社)への出品のため日本へ里帰りしました。この展覧会では、19体の答礼人形と、現在も日本で大切にされている34体の「青い目の人形」が一堂に展示されました。
「ミス大阪府」は、パスポート、乗船券、アメリカ製の旅行用トランクを除き、ほとんどのお道具類があります。興味深いことに、そのお道具には大阪市を代表する「ミス大阪市」のために用意された黒漆地に金色で市章が描かれた品々も含まれています。
かなり早い時期から「ミス大阪市」と「ミス大阪府」は混同されていたことが文書記録から分かっています。その一因は、「ミス大阪府」に付属していた東京式の展示台の銘板には単に「Miss Osaka」とだけ記されていたことが挙げられます。