
「ミス岡山」は、二代目瀧澤光龍斎の作で、岡山桃子と名付けられました。着物には丸に隅立て四つ目の紋があしらわれています。
1928年夏の終わり頃、ノースダコタ州ファーゴのフリーメイソン·ロッジに寄贈されました。ロッジ内の博物館および図書館の館長であったクララ·アリダ·リチャーズ氏はこの人形に深い関心を寄せ、さまざまな特別展示や出張展示を企画し、「ミス岡山」のメッセージを多くの人々に届ける機会を創出しました。
リチャーズ氏はこの人形に特別な思い入れを持ち、定期的に本部ロッジに宛てて報告書を送り、「ミス岡山」が子どもから大人に至るまで多くの人々の心を動かしている様子を感動的に綴っています。
1968年にフリーメイソン·ロッジが閉鎖されるまで、「ミス岡山」はその管理下にありました。その後、地元のアメリカ赤十字社が一時的に管理を引き継ぎ、最終的には1973年にファーゴのノースダコタ大学附属博物館へと移されました。
現在も「ミス岡山」はエミリー·レイノルズ歴史衣装コレクションのひとつとして同館に収蔵されています。乗船券、パスポート、日傘、アメリカ製の旅行用トランクは失われていますが、お道具類もほとんどが保存されています。