「ミス大分」は、二代目瀧澤光龍斎の作です。着物には中陰五三桐の紋があしらわれています。
答礼人形は原則として各州に1体ずつ配付するとしていましたが、1926年に「青い目の人形」を日本に送る活動において特に優れた参加実績のあった州には複数体が贈られました。ニューヨーク州、オハイオ州、カリフォルニア州にはそれぞれ3体、ペンシルベニア州とマサチューセッツ州には2体ずつ贈られており、マサチューセッツ州にはボストンに「ミス京都府」、スプリングフィールドに「ミス大分」が贈られました。
「ミス大分」は、当初はスプリングフィールド自然史博物館と、ボストンの約64キロ東にあるウースター美術館との間で共有される案も検討されました。スプリングフィールドでは毎年盛大な「日本のひなまつり」イベントが行われていたためです。最終的にはスプリングフィールド自然史博物館に収蔵され、ウースター美術館には1932年10月から1933年3月までの短期間だけ貸し出された記録が残っています。
現在も、「ミス大分」は同館に所蔵されており、アメリカ製の旅行用トランクを除く、ほぼ全てのお道具類も残されています。
記録写真との照合により、この人形は本来「ミス岩手」だったことが判明しています。