
「ミス長崎」は、二代目瀧澤光龍斎によって製作され、長崎璦子と名付けられました。着物には山桜の紋があしらわれています。
1929年1月、ニューヨーク州ロチェスターのロチェスター市立博物館に寄贈されました。当初、博物館は「ミス福岡」が寄贈されるとの連絡を受けており、実際に「ミス福岡」のお道具類が先に届いていました。しかし、その後に届いた人形の展示台には「ミス青森」と記されていたため、改めて国際児童親善会に連絡をとり、「ミス福岡」のお道具は返送し「ミス青森」のお道具を送ってもらうという混乱がありました。
「ミス青森」として所蔵された人形は1988年には、『お帰りなさい答礼人形:青い目の人形交流展』(国際文化協会·そごう百貨店·朝日新聞社)に出品されました。
しかし1994年、高岡美智子氏が著書『人形大使』の調査の中で、このロチェスターの人形が「ミス福岡」でも「ミス青森」でもなく、本来の「ミス長崎」であったことを突き止めました。
現在、「ミス長崎」はロチェスター科学博物館に所蔵されています。お道具類で現存するのは雪洞と「ミス青森」と記された展示台のみで、台の木枠はなぜか黒漆塗りとなっています。
なお、1999年には、マサチューセッツ州ダートマスの骨董店で発見され、1963年から個人宅で保管されていた人形が、本来の「ミス青森」であったことが判明しました。この「ミス青森」は現在、カリフォルニア州スタンフォードの個人が所有しています。