
「ミス長野」は、二代目·平田郷陽によって製作されました。
1929年6月、ロードアイランド州プロビデンスにあるロジャー·ウィリアムズ·パーク博物館に寄贈されました。
その後の記録はほとんど残っていません。1983年に同館が大規模な所蔵品の棚卸しを行った際、お道具類を残して、人形本体が無くなっていることが判明しました。
その行方は長らく不明のままでしたが、2010年、地元のガレージセールで、ピアノの上に置かれていたのをオークション会社が発見しました。残念ながら、この時点で人形は着物を失っており、髪もボブスタイルのかつらに変えられていました。その後、博物館が再収蔵の意向を示さなかったため、人形は競売にかけられました。
アラン·スコット·ペイト氏がこれを落札し、2011年春に日本に里帰りさせ保存修復を行いました。その際、昭和初期の子供用の着物から新しい着物が誂えられました。
この修復の過程で記録写真との照合が行われ、この人形が本来「ミス愛知」として製作されたものであることが確認されました。
人形は現在、個人蔵となっています。