
「ミス宮城」には松月という製作者の銘が記されています。着物には「丸に違い鷹の羽」の紋があしらわれています。
「ミス宮城」はペンシルベニア州を巡回したのち、1928年7月にミネソタ州ミネアポリスで開催された全米教育協会の年次大会での12体の答礼人形展に出品されました。そして、カンザス州トピカのマルヴェイン美術館に寄贈されました。
その後の記録は途絶えており、1966年にトピカを襲った竜巻でマルヴェイン美術館の建物が被害を被った際に、「ミス宮城」も失われたものと長いあいだ考えられていました。
ところが思いがけないことに、1982年にカンザス州ラーナードの小さなオークションに出品され、地元の骨董店を営むマーガレット·コーベット氏がこれを購入します。お道具類はすべて失われており、現在残っているのは、当初の展示台とアメリカ製の旅行用トランクのみです。
高岡美智子氏の尽力により、この人形が答礼人形の一体であることが確認され、さらに記録写真との照合から、本来は「ミス北海道」として製作されたものであることが判明しました。
人形は現在も、コーベット家で大切に保管されています。