
「ミス三重」は、二代目瀧澤光龍斎によって製作され、「三重三重子」と名付けられました。着物の紋は三つ蔓河骨です。
1928年の晩冬から夏にかけて、「ミス三重」はアメリカ中西部の広範囲を旅しました。2月にはミシガン州のデトロイト子供博物館で開催された9体の答礼人形展に出品されたのち、他の2体の人形とともにオハイオ州の各地を訪問。さらに同年3月下旬から4月上旬にかけて、ネブラスカ州オマハの中心街にある高級百貨店ブランデイスで開催された別の9体の展示や、7月にミネソタ州ミネアポリスで開催された全米教育協会の年次大会における重要な12体の展示に加わっています。
そして同年10月、ネブラスカ州リンカーンにあるネブラスカ州立大学附属の州立博物館(現·ネブラスカ州立博物館人類学部)に寄贈されました。
「ミス三重」は現在も同館に所蔵されており、お道具類も、アメリカ製の旅行用トランクを除いて、ほとんどが残されています。
1988年には、『お帰りなさい答礼人形:青い目の人形交流展』(国際文化協会、そごう百貨店、朝日新聞社)のために日本へ里帰りしました。この展覧会には、答礼人形19体と「青い目の人形」34体が出品され、4月から9月にかけて横浜、広島、徳島、神戸、札幌、松山、そして首都圏の千葉、八王子、柏、大宮の各地を巡回しました。
記録写真との照合により、この人形は本来「ミス宮崎」として製作されたものであることが判明しています。