
「ミス秋田」は、二代目瀧澤光龍斎の作で、秋田蕗子と名付けられました。着物の紋は立沢瀉です。
「ミス秋田」は、1928年の冬にオハイオ州とミシガン州を巡回した、9体の人形からなるグループの一員でした。その後、同年7月下旬にミシガン州デトロイト子供博物館に寄贈されました。
1988年には日本へ里帰りし、答礼人形19体と青い目の人形34体が集まった『お帰りなさい答礼人形:青い目の人形交流展』(国際文化協会·朝日新聞社·そごう美術館)で展示されました。この展覧会は、1988年4月から9月にかけて、そごう百貨店を会場として、横浜、広島、徳島、神戸、札幌、松山、そして東京近郊の千葉、八王子、柏、大宮を含む10都市を巡回しました。
「ミス秋田」は、乗船券やパスポートを含む、お道具類のほとんどがあり、箪笥や長持の中には、手縫いの小さな着物や布団などが納められています。さらに、秋田県の子どもたちからの手紙も多数所蔵されています。
また、記録写真との照合により、「ミス秋田」は本来は「ミス石川」だったことが確認されています。